身体、動かずとも心は動く

康男さん(仮名)は58歳。

 

脳梗塞で全身が麻痺しています。
自分で動くことはおろか、言葉を発することもできません。

 

経管栄養ですが、若いため身体はガッチリしており、高身長。
いつも見開き、充血した目はやや斜め上方を向いています。

 

 

必要な介護は
主に排泄と保清です。

 

完全に脱力した大きな身体は
介護技術を駆使しても、終わった後は汗びっしょりになるほど。

 

訪問看護師が
仙骨の、大きなポケットを形成した褥創の処置をする時。

 

口を歪め見開いたままの大きな瞳を更に見開き「う〜、う〜」と、声を発します。

 

痛いのかな、痛いよね。

 

全身麻痺とは言っても、康男さんには訴える術がないだけで意識や痛覚まで失われているとは限りません。

 

誰にも
痛みや辛さなどの苦痛を訴えられず
誰からも
理解されず…。

 

なんという孤独!

 

なんとか「意思の疎通」が出来ないだろうか。
そう考えるようになりました。

 

 

それまでも、介助時は声をかけながらでしたがそれに加えて要所、要所で康男さんの視界に入り目を合わせながら話しかけ続けました。

 

「ちょっと、辛いけどもう少し頑張って下さいね」
「どうですか?さっぱりしましたか?」

 

疑問符をつけた問いかけに眠っている時以外、ほとんど閉じない康男さんの瞼がゆっくり閉じました。

 

何かで見た、まばたきでの意志疎通を思い出し
「康男さん、足はこうした方が楽ですか?楽なら、2回まばたきして下さい」
康男さんの瞼がゆっくり2回、閉じました。

 

それからは、以前にも増していろいろな話をしながら介護しました。

 

ある日、自分の失敗談を面白おかしく話していると…。

 

「ぐ、ぐっ、ぐぐ」
康男さんに異変と思い、慌てて顔を覗き込むと、
口角がややあがり、瞼を少し閉じた表情。

 

真偽はわかりません。
でも、私は康男さんが笑ったと信じたいのです。